2018.11.07 話題

日本初、官民共同による町づくり ひばりが丘団地が描く地域社会の新しいあり方

ひばりが丘団地時代のランドマークだった53号棟「スターハウス」(=写真左手前)。建物の改修工事を行なった上で保存し、事務所として活用している

 

首都圏初の大規模団地として誕生したひばりが丘団地。西東京・東久留米の両市にまたがる同団地を中心とした地域で、日本初の取り組みが行われている。UR都市機構と開発業者である民間企業が連携して開発からエリアマネジメントまでを行なうというもので、新しい形の“町づくり”が注目されている。

 

 

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■だれもが暮らしやすい町に

「子どもの小学校は近いし、近所にはスーパーからイオンのような大型商業施設まである。病院も一通りそろっています。駅からは少し離れていますけど、バスの本数も多い。車がなくても平気というか。とにかく暮らしやすいです」

 

 

——そう話すのは、ひばりが丘パークヒルズ(旧ひばりが丘団地)に住む30代の女性。団地の建て替えに際して、市外から引っ越してきたという。

 

 

 

 

1999年にUR都市機構(独立行政法人都市再生機構)が着手した「ひばりが丘団地 団地再生事業」。UR都市機構と民間企業が連携して取り組んでいるもので、事業は2018年時点で継続中。官民共同による“町づくり”としては日本初の試みとされている。開発のほとんどを終えた現在は“エリアマネジメント”の仕組みづくりを進めている段階。エリアマネジメントとは、住民が主体となって地域の環境や価値を維持・向上させる取り組みのこと。

 

 

団地の再生にあたっては、 「多世代が安心して住み続けられるまちづくり」が掲げられており、少子高齢社会に合わせて公共公益施設を誘致。保育園や児童センターなどの子育て支援施設が6つ、老人ホームや在宅介護サービスなどの高齢者支援施設が5つ、障害者施設2つが設けられた(※それぞれ計画中のものを含む)。

 

 

また、住宅のバリアフリー化や、ペットとの暮らしに適した設備の棟を設けるなど、多様な生活のあり方にも対応。だれもが暮らしやすい“理想の町”の姿を描いている。

 

 

 

■団地のパイオニアを再生

1959年に首都圏初の大規模住宅団地として建設された、ひばりが丘団地。団地内には公園・野球場・テニスコートなどのレクリエーション施設、市の出張所や学校などの公共施設のほかにも、スーパーなどの商業施設を配置し、その後の住宅団地の手本となった草分け的存在だ。

 

 

60年には、今生天皇が皇太子時代にご夫妻で視察に訪れたほかにも、ダイニングキッチンやコンクリート製の建物、高所からの風景などが羨望を集め、「憧れの団地」として知られるようになった。団地の入居者を決める抽選は、宝クジに当たるより難しいと言われていたほど。

 

 

最先端の住宅として生まれたひばりが丘団地だったが、建物の老朽化や住宅性能が現代の基準に即さなくなったこと、ライフスタイルの多様化などから、99年に「ひばりが丘団地 団地再生事業」がスタート。その際に採用されたのが、官民連携で公共性の高い事業を行う“事業パートナー方式によるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)手法”だ。

 

 


■町の未来予想図を官民で共有

PPP手法は、民間企業が培ってきたノウハウや技術を生かし、市民に対してより良好なサービスを提供することなどを目的としたもの。事業の計画段階から民間企業が関わっているのが特徴だ。

 

 

通常、建て替え事業によって生み出される土地を民間事業者に譲渡する場合、UR都市機構によって用途や景観、環境配慮などの計画条件を定めた上で、エリア毎に事業者を公募する。

 

 

しかし、各エリアによって事業者が異なることから連携が図れず、建て替えられたエリア全体を俯瞰(ふかん)した際に、町づくりのテーマが統一されていないケースや、建て替え前に存在していたコミュニティが分断されるなどの懸念があったという。

 

 

そのため、同事業においては開発からエリアマネジメントに至るまで、継続的に町づくりに関与できることを条件に、共同事業体としてのパートナーを募集した。宅地開発の段階から、エリアマネジメントを見越した町の未来予想図を共有した上で計画を推進してきたというのが、ひばりが丘団地再生の特筆すべきポイントだ。

 

 

こうして、「ひばりが丘団地」(=住宅戸数2714戸/2〜4階建)は2012年に「ひばりが丘パークヒルズ」(=住宅戸数1504戸/3〜12階建)として生まれ変わり、その景観とともに名前を一新した。

 

 

旧ひばりが丘団地のあった敷地には、建て替えによる高層化で広大な面積の土地を創出。UR賃貸であるひばりが丘パークヒルズのほかにも、新しい土地には公共公益施設、新築分譲エリア(=住宅戸数1187戸)を設けた。7つの街区に分かれた同エリアは、再生事業に参画した4つの民間企業が共同で開発。今年8月には、すべての街区の開発が完了したばかり。

 

 

 


■住民間のつながりを重視

新築分譲エリアの販売がスタートした14年、同エリアやUR賃貸を中心とした地域のエリアマネジメントを行う「一般社団法人まちにわ ひばりが丘」が設立された。UR賃貸のオーナーであるUR都市機構と、建て替え事業に参画した大和ハウス工業株式会社、住友不動産株式会社などのデベロッパー4社が中心となった団体だ。

 

コミュニティ拠点となっている「ひばりテラス118」

 

「街に和」が名前の由来で、住民が互いにつながることで日常をより楽しく、困ったときには助け合える関係を築いていく地域コミュニティを理想としている。現在、同団体では、施設運営・情報発信・イベントの企画や運営に取り組むことで、エリアマネジメントを推進。

 

 

15年にオープンした施設「ひばりテラス118」では、サークル活動や打ち合わせに利用できる大小6つのコミュニティスペース、共同菜園、芝生広場を設けている。カーシェア・ハンドメイド作品の販売スペース・カフェ・フラワーショップといったテナント運営も同施設で行なわれており、エリアマネジメントを行うにあたっての資金の創出の場にもなっている。

 

 

情報発信では、季刊誌の発行・ブログ更新などで、地域住民に向けたイベント情報やシェアサイクルなどのサービスを紹介。イベントの企画・運営は「まちにわ ひばりが丘」主催による防災イベントや住民間の交流イベントだけではなく、住民発案のイベントも開催。多方面から地域コミュニティの形成が図られている。

 

 

なお、現在「まちにわ ひばりが丘」が中心となっているエリアマネジメントの主体は、20年を目処に地域住民へと移行される予定。同団体の役割は、移行後の活動が円滑に進むための基盤をつくることで、エリアマネジメントの主役はあくまでも地域住民という考えだ。

 

 

そのため、同団体では、エリアマネジメントの担い手を育成するために「まちにわ師」という、地域住民によるボランティアグループを15年に立ち上げている。施設運営・情報発信・イベントの3チームに分かれており、30〜60代の男女約40人が参加してマネジメントに携わっている。

 

 


■再び時代のパイオニアに

UR都市機構は、ひばりが丘団地の再生事業を「UR都市機構のまちづくり・団地再生のノウハウの総力を結集したプロジェクト」と称している。日本初という挑戦的な試みが行われた背景には、電車による都心へのアクセスの良さやバスの運行本数の多さなどの立地条件が整っていただけではなく、大規模団地の先駆けだったという歴史的な背景がある。

 

「まちにわ師」の岩穴口康次さん。エリアマネジメントの取り組みについて説明する「まちにわエリアマネジメントツアー」の案内人などを務めている

 

かつて、最先端の住宅として産声をあげたひばりが丘団地。約60年の時を経て、町づくりのモデルを務める存在へと成長した。これからの時代における地域社会のあり方をどう築き、示していくのか。まちにわ師の岩穴口康次さんは、住民参主体の町づくりに抱く希望について、次のように話す。

 

 

「イベントの開催時など、まちにわ師ではない複数の住民が運営に協力して、スタッフのような働きを担ってくれている。明確な肩書きはなくとも、自分たちの町のことだという意識があるんです。そういった大人の背中を見て育った子どもは、自然とエリアマネジメントに携わってくれるのではと思っています」