2018.12.11 話題

「縁深いこの町の人に知ってほしい」〜韓国・朝鮮人元BC級戦犯者の歩みを展示  16日まで柳沢公民館で

同進会会長の李鶴来(イ・ハンネ)さん(左)

 

 「『同進会』を応援する西東京市民の会」が、16日(日)まで西東京市柳沢公民館で「韓国・朝鮮人元BC級戦犯者写真パネル展示」を開いている。遠い話と思いがちな重いテーマが、実は身近にあることを教えてくれる企画展だ。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

BC級戦犯(戦争犯罪人)は、戦時中に捕虜の扱いなどの違反行為を犯したとして、軍事裁判で有罪判決を受けた者を指す名称。

 

 

第二次世界大戦当時、日本が統治していた朝鮮からは多くの若者が動員され、朝鮮人148人が戦犯とされた。内、23人が死刑を執行されている。

 

 

かつて池袋にあったスガモ・プリズン(東京拘置所)に収監された彼らは、サンフランシスコ講和条約によって、日本国籍を離脱させられる。そのため、出所後は衣食住の保障がほぼない状態で異国を生きることになった。

 

 

生活苦などから将来を悲観して自死を選ぶ者もいるなか、共に歩んで生きていこうと1955年に結成されたのが「同進会」だ。

 

 

生活の保障を求める裁判に向かう同進会メンバー(©️裵昭)

 

 

国に生活の保障を求め続けた同会には、関東近郊の都営住宅があっせんされた。そのうちの一つが、第18田無住宅。ほかにも保谷市にあった寮など、現在の西東京市には約20世帯の朝鮮人元戦犯者が住むことになった。

 

 

スガモ・プリズンで出所拒否をし、当時から衣食住の保障を嘆願していた朴昌浩(パク・チャンホ)さんも、その一人だ。息子の来洪(ネホン)さんは、幼少時の思い出を次のように話す。

 

 

「日本で戦犯とされた父たちは、祖国からは日本の協力者というレッテルを貼られて帰国できずにいた。そんななかで都営住宅に届いた、祖父の死去を知らせる電報。布団をかぶって号泣していた父の姿が忘れられない。私たちは父たちの名誉を回復したいだけなんです」

 

 

現在、戦犯とされた当事者で存命なのは、同進会の会長を務める李鶴来(イ・ハンネ)さんを含めて、片手で数えるほど。出所当時、年少者だった李さんは現在93歳だ。

 

 

「半世紀以上にわたって住んできた西東京市は、家族同然だった同進会の私たちにとって大切な地元。日本人の友人も大勢いる。だからこそ、この町の人たちには、戦禍で私たちの父の身に起きたことを知ってもらいたいんです」と朴さん。

 

 

展示では、日本に対して謝罪・補償などを求めてきた同進会の歩みを写真で紹介する。16日には、同進会が過去にテレビ局から受けた取材の映像などを流す予定。午前9時から午後5時まで。問い合わせは横井さん 042・467・8322 へ。

(取材・石川裕二)