所沢市無形民俗文化財など一堂に
2月19日(日)午後1時から、所沢市民文化センター「ミューズ」で「所沢市伝統芸能発表会」が開かれる。市の無形民俗文化財に指定されている「重松流祭囃子(ばやし)」と「岩崎簓獅子舞」を同時に鑑賞できる2年に1度の機会。入場無料。公演に先駆けて、それぞれの保存会の活動を覗いてみた。
重松流祭囃子保存会 「せっかくあるもの生かしたい」
重松流祭囃子は、1830(天保元)年に所沢に生まれた古谷重松(ふるや・じゅうまつ)が編み出した囃子の流派。名前を取った「重松流」は「じゅうまりゅう」と読む。
特徴としては、「テンポの良さと屋台囃子の小太鼓二つの掛け合いにある」(市ホームページより)とされ、祭りの山車の上で演じられる「ケンカ囃子」「ツッカケ囃子」として知られる。基本構成は大太鼓、小太鼓(2人)、鉦(しょう)、笛の5人と、囃子に合わせて踊る舞子の計6人。
市内には15支部があり、合わせて600人以上がかかわる。重松流は入間方面や多摩方面へも伝わっており、一昨年に古谷重松生誕180年を記念して開いた「サミット」では、約2000人が集まった。そうした状況のなか、所沢市では「本拠地として負けられない」という気概が共有されているという。
保存会自体は1967(昭和42)年に発足。後継者育成を主眼に、下は幼児から上は90代まで、さまざまな世代が参加している。基本的には地域の祭りが発表の舞台だが、市のイベントやデパートの催しなど、声がかかれば可能な限り出かけている。
教え方は口伝となるため、顔を合わせなければならない制約があり、「最近の子どもたちは忙しいので、時間を取りづらい」というマイナス面と、「小さな子からシニアまで、同じ活動をする仲間として集える」というプラス面の一長一短が。苦労しながらも伝統を残していく意味を、保存会副会長の梶谷和義さんは「新しいものに飛びつくのは簡単ですが、せっかく良いものがあるのだから、もっと大事にしていかないと。そういうことを現代人は忘れがちかもしれません。良いものを受け継ぎながら、より魅力的なものにして皆さんに知っていただくことが自分たちの役割かな、と思っています」と話す。
なお、発表会では、金山町囃子連、元町本町囃子連、保存会青年部が屋台囃子などを披露する。
岩崎獅子舞保存会 「伝統つなぐ使命ある。後継づくり急務」
岩崎簓獅子舞は現在の所沢市山口地域(かつては岩崎村)に伝わる独自の獅子舞。一人立ちの3匹獅子が笛や太鼓の伴奏に合わせて踊る。2時間弱の物語になっており、1匹の雌獅子を2匹の雄獅子が奪い合うという展開。雌獅子は天下の実権を表しているといい、雄2匹は最後に和解する。互いの協力により、真の平和な村づくりができるという意味が込められている。
踊りの発祥は1614(慶長19)年。岩崎村の地頭、宇佐美助右衛門が大坂冬の陣に出陣した際に戦功を立て、その帰途に京都から3頭の獅子頭面(龍頭面)と獅子舞の師匠を連れ帰ったのが起こりとされる。大火で消失したばかりの同地域の瑞岩寺がちょうど再建された時でもあり、その上棟式で舞が奉納された。これが同地域での舞の最初とされる。以来、地域の厄払いの願いから、今も瑞岩寺での奉納舞が行われている。
舞には獅子のほか、山伏や棒使など、20人以上が必要。大勢を要することから簡単には舞えず、昨今では10月の第2土曜日に行われる瑞岩寺への奉納舞が唯一の活動の場となっている。
保存会は、獅子舞が市無形民俗文化財に指定されたのに合わせて、1969(昭和44)年に発足。同地区の自治会(町内会)が中心になって活動を支えてきた。しかしここに来て、後継者づくりが緊急課題となっている。
現在、獅子役として踊れるのは実質6人。60代後半が中心で、70代の人もいる。若者の成り手が必要な状況だが、指導は口伝となることから、こまめに通える人でないと身に付かない。となると、忙しい現役世代には荷が重くなる。
「岩崎だけに伝わってきたものですから、私たちの代で絶やすわけにはいかない。伝えていく使命感を持っています」と話すのは保存会会長の黒田訓光さん。ただ一方で、「地域住民は増えていますが、移住してきた方々には、なかなか獅子舞の文化までは根付かない。本当の伝統文化は、家の中で肌で感じながら学んでいくものでしょうから……」という実感も。かつては踊りも伴奏も長男だけという決まりがあったが、今では、誰でも歓迎しているという(女性は演奏などで参加可)。
(取材記者:谷隆一、2012年2月上旬)