華燭の日

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

明日 、姪の結婚式に出席するため姫路市に行く。姪は薬剤師であり、相手の男性は歯科医。二人は医薬系大学の学生時代に茶道部の仲間だったという。

* * *

姪の結婚には感慨深いものがある。姪が幼い頃、家庭内の事故で薬指の先端を切ってしまったことがあり、僕は祖母からの電話で報せを受けたのだが、東北弁特有の強い語調に指を根本から切り落としたと思い込んでしまった。病院に駆けつけ、僕の思い違いは訂正されたのだが、この事故が姪の成長過程にどんな影を落とすか心配したし、誤解にすぎなかった「指の欠けた少女」の物語は僕の中で生き続け、やがて『指の音楽』(薬指の半分が欠けた女子美大生の話)というデビュー作に結実する。ヒロインのモデルが姪というわけではないが、姪の事故がなければ僕は作家になれなかったのも確かだ。

* * *

僕が姪の婚約者と会ったのは昨年の夏、野馬追祭の日だ。僕の実家は福島県南相馬市にあり未だに避難地域のままだが、野馬追祭の期間は宿泊が許されていた。震災から三年目の夏、兄の家族も含めて震災後初めて家族一同が実家に集まった。しかも、そこに姪の婚約者も加わっていた。姪にとっては婚約者に初めて自分の故郷を紹介した日になった。

一時は 「死の町」と呼ばれ、絶望しか語れなかった原発被災地だが、こんな幸福が訪れる日もあるのだ。

* * *

その夜、家族は隣町へ会食に出かけ、僕ひとり留守番をしていたのだが、電灯の下でテレビを観ながら夕飯を食べていると昔の日常に戻ったように錯覚してしまう。しかし一歩家の外に出れば相変わらず無人の町が広がり、家並みはひっそりと暗闇に沈んでいる。 その落差に愕然とした。原発事故がなければ祭の夜は花火大会で賑わっていたのだ。

あの夜から一年と二か月がたち、姪は華燭の日を迎える。震災で微妙に傾いていた実家は今月に解体され、来春の避難解除に向けて建て替えられる予定だ。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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