ある日、女房が

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

「人生は意外性の連続」と言ったのは誰だったろう。

思い出せないが、確かにそう、と納得しながら日々を送っている。

* * *

たとえば、かつてフォーク少年だった僕がひょんなことでギターを手に入れ、職場である狛江市の知的障害者施設でイベントがあるたび演奏するようになったこともそのひとつ。

持ち歌のひとつがAKBの「恋するフォーチュンクッキー」。

仕事とはいえ、まさかこの僕がAKBを歌うことになるとは。我ながら意外だ。

* * *

ところが先日、町田市の知的障害者施設で働いている女房が、イベントで「恋するフォーチュンクッキー」を踊らなければならなくなり、施設から借りてきたパソコンを開き自宅でダンスの練習を始めたのだった。

断っておくと女房は世間の流行に目を向けず我が道を行くタイプで、流行歌やダンスとは無縁の人生を送っていた人だったのだ。まさかその女房がAKBを踊る姿を自宅で見ることになるとは。

* * *

ところで、女房が借りてきたパソコンで見ているお手本の動画はプロのダンサーによるもので、本物よりエキゾチックで腰の振りが大きく動作のインパクトが強い。

「難しい」とこぼしながら懸命に腰を振る女房を見るのは不思議な体験だった。

* * *

そんな数日が過ぎ、ある日、女房が「大体はマスターしたからギターで弾いてほしい」と言ってきた。

「よしきた」と僕は得意になってギターを弾き歌い出す。

女房が踊り出す。

意外なことになかなか身体のキレがいい。

* * *

ふと考えた。今この瞬間、「恋するフォーチュンクッキー」を自前の演奏で歌い、踊っている夫婦って日本中で何組くらいいるのだろう。

そう考えるとたまらなく可笑しくなり、笑い出してしまった。

まったく、人生とは意外性の連続だ。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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