南相馬市の球児たち

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

日曜日の朝に、防潮堤の上で海を眺めていた。一昨年の秋のことだ。南相馬市原町区。津波に襲われて海辺の集落がまるごと消滅した。民家の土台は草に埋もれ、一面の荒れ野原に灰色の道だけが残っている。

* * *

引き返そうとして振り返ると、その道を走ってくる高校生の一団があった。自転車でリードする女子と坊主頭の男子が四人。きっと野球部だ。津波被災地と高校球児という取り合わせが奇妙だったが、彼らが着ている赤いウインドブレー カーに「小高工業高等学校 硬式野球部」という白文字がプリントされてあるのを見て、僕は納得し、嬉しくなった。小高工業高校は僕の地元、南相馬市小高区にある高校なのだ。

* * *

南相馬市の中でも小高区は福島第一原発から二十キロ圏内にあり、警戒区域に指定された。住民が避難するように学校も避難した。小高工業は同市の北、鹿島区にプレハブの仮校舎を建てて授業を続けている。野球部は強豪だが甲子園には出場していない。

* * *

防潮堤に上がりひと息入れている彼らに、「俺も小高なんだ」と僕は声をかけた。

「僕らも小高です」と彼らは答えた。ということは、彼らは全員が避難者なのだ。たぶん、寮の仲間と自主トレをしているのだろう。

「今年は駄目でしたが再来年は必ず甲子園に行きます。なぜなら僕らは一年で再来年は三年になるからです」溌剌とした声で彼らは明言した。未来を確信している声だ。背負っているものの大きさでは誰にも負けない。その自信が彼らを強 くしている。もちろん、強気の発言を裏付ける努力もしているのだろう。

荒れ野に戻り走り始めた彼らに「がんばれよ」と僕は声援を送った。

* * *

今年がその「再来年」の年。三年生になった彼らが甲子園に挑戦する年だ。もうすぐ県予選が始まる。 できれば、甲子園球場で小高工業の活躍を見たいものだ。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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