変わりゆく故郷

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

僕の故郷である南相馬市小高区は昨年七月に避難指示が解除されたばかりで、帰還した住民は千人くらい(元の人口は一万三千人)と聞いていたが、解除から八ヶ月がたち、帰還住民は千五百人に増えたという。その間の大きな変化は、何と言っても小・中学校と高校が今年四月に再開したことだ。

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四月十八・十九日と僕は小高区に滞在した。実家には兄夫婦が住んでいるが(両親は福島市の介護施設にいる)、事情があって実家とは目と鼻の先にある旅館に泊まった。最近は頻繁に小高区に帰っているが、訪れるたび街の風景が変わっていく。帰らないと決めた家はどんどん解体されて更地になり、街並みがフラットになっていく。僕の実家も両脇の家が消滅して、まるで空白地帯の一軒家だ。しかしその一方で、新築したばかりの家や工事中の家も多い。

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夜の寂しさは相変わらずだが、たとえわずかでも人が住んでいれば街の気配は変わる。気のせいか空気が穏やかになり、温もりが戻っている。午後八時のまっ暗な街を、練習帰りの高校球児が自転車を連ね、駅を目指して走り抜けていった。朝になれば、犬を連れて散歩するおじさんやおばさんに出会った。「あらら、泉ちゃん!」(五十を過ぎて「ちゃん」付けだ)と、昔なじみのおばさんに思いがけず声をかけられたりもした。

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「人が少なくてもいいのよ、住んでる人の顔が明るければね」と、旅館のおかみさんは笑みを浮かべた。「ゼロに戻って、ここからがスタートだと思えば逆に楽しいじゃない。昔からのしがらみが解けて、やりたいことをやれるんだと思えばね」

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僕の実家の向かいには同級生の家があるのだが、そこを作家の柳美里さんが買い取ったという。柳美里さんは何年も前から隣の原町区に移住して南相馬市の復興を支援して下さっていた。いずれ小高に本屋兼カフェを開きたいと言っていると人伝に聞いてはいたが、まさか僕の実家の真ん前とは。なんだか、わくわくする話じゃないか。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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