シュタイナー教育の観点から 「コロナ禍の子どもの守り方」

新型コロナウイルス感染症の感染拡大で誰もが不安になっているなか、東久留米市にある「南沢シュタイナー子ども園」の担任教師で理事の鴨狩香代子さんは「子どもにコロナの情報を伝える必要はありません」と子どもを育てる父母たちにアドバイスを送っています。

言葉の根底にあるのは、ドイツなどで活動した教育者で哲学者のルドルフ・シュタイナーによって始まった「シュタイナー教育」の考え方です。

コロナ禍での子育てに戸惑う人が増えているなか、その言葉には「今」を考えるヒントが詰まっています。

南沢シュタイナー子ども園の担任教師の鴨狩香代子さん

 

シュタイナー教育とは

1995年に東久留米市に開園し、25年以上にわたって独自の教育を行っている「南沢シュタイナー子ども園」。

まずは、「シュタイナー教育」とは何かをお聞きしました。

 * * *

「シュタイナー教育とは、ドイツやオーストリアで活動した教育者で哲学者のルドルフ・シュタイナーによって始まった教育法です。約100年の歴史があり、世界各国で取り入れられています。

その教育法を一言で説明するのは難しいのですが、一般的には『自由への教育』といわれています。

『自由』というと野放しな状態をイメージするかもしれませんが、私たちがここで言う『自由』は、『自分のやりたいことを自分の体を使って、時には人と協力してやっていける』という意味です。

その力を手に入れるために、シュタイナー教育では、0−7歳、7−14歳、14—21歳の3つの教育段階を設け、その年齢に必要な教育を行っています。

私たちのような子ども園は当然『0−7歳期』を受け持つわけですが、その時期はまず、『体を育てる』ということに力を注ぎます。自由を実現していくための土台づくりです。

それから、子どもたちが『世界は善である』と思えるように環境を作っていきます」

一軒家のような南沢シュタイナー子ども園

 

親の役目として、良き「おおい」を作る

なぜ、「世界が善である」と認識することが重要なのでしょうか。それについて鴨狩さんは、赤ちゃんを例に話してくれました。

「もちろん、実際の世界は必ずしも善とはいえません。シュタイナー教育を受けた子たちの中には、9歳、10歳になって世界の本当の姿を知り、ショックを受ける子もいます。

でも、それは社会の一員になっていく過程でのこと。0-7歳のうちは、夢の中にいていいのです。

本来、子どもというのは、自分の周りの世界を良いものとして認識しています。赤ちゃんは、手にするものを次々と口の中に入れて確かめていますよね。

シュタイナーは『全身が感覚器』と言っているのですが、ものの概念を持たない赤ちゃんは、大人が目で見て知覚するのと同じことを手や口を使って行っているのです。

ですから、赤ちゃんの周りにあるものは、口に入れて良いものでなければなりません。ご家庭で完全にそういう状況を作るのは難しいとは思いますが、それでも、危険なものは置かない、ストーブには囲いを設ける、といった対策を取りますよね?

そういう環境の中で、安心していられることが、子どもにとっては重要なのです。良いものに囲まれていれば、子どもは幸せでいられます。

私たちは、この環境づくりのことを『おおい』とよく言います。子どもを守る『おおい』を作ることが大切なのです」

南沢シュタイナー子ども園の園庭

 

情報への接し方を父母で分担してみては?

その観点から見ると、新型コロナウイルスによって生活様式まで変化させられた現在の社会状況は、「安心」とはほど遠いものがあります。こうした状況の中で子どもたちにどう安心感を与えていけるのでしょうか。鴨狩さんは、「家庭の中での役割分担も方法の一つ」と提案します。

「逆に不安になる状況を考えてみましょう。

子どもが不安を感じるのはどういうときかというと、それは、自分が理解できないものに出会ったときになります。

それは別に、子どもだけではないですよね。大人も、よく分からないものに直面すると、不安な気持ちになります。

今の世界は、新型コロナウイルスという『よく分からないもの』が拡散していて、不安感におおわれています。

その不安感は、子どもたちにも伝わっています。子どもは感覚的に開かれていますから。

ただでさえ子どもたちは、今までできた遊びが禁止されたりして、よく理解しないまま『これは、コロナだからダメなの?』などと口にするような状況に置かれています。それに加えて、父母や身近な人たちが不安感を漂わせていたら、とてもではないですが、安心して過ごせる状態ではいられなくなります。

ですから私たちは、『子どもと接する機会の多いお母さんたちは、少し情報から距離を取ってはどうですか?』と提案しています。

もちろん最低限の情報は知らなければいけませんが、情報過多の社会の中で、過剰に情報を追いかけるのはよくないと思います。例えば父母で情報の接し方を変え、必要な情報は父親を介して知る、というやり方もあるのではないかと考えています。

実はこれは、東日本大震災で放射能汚染が懸念されたときに私たちが実践したことでもあります。

あのとき、過剰に心配するお母さんがいらして、みんなで『そんなに心配しなくても大丈夫だよ』と寄り添ってみてもあまり効果がなかったのです。そこで、『情報収集はお父さんに任せて、お母さんは子どもと遊ぶことに集中するようにしましょうよ』と促し、乗り越えた経験があります。

これは私たちの日常の方針でもあるのですが、この園では、遠足などの行事についても、子どもたちには事前に知らせません。親御様にも『子どもには予定を伝えないでください』と話しています。

なぜかというと、子どもは先の予定を聞いた瞬間に、心がそっちに行ってしまい、今に集中できなくなってしまうのです。

さらに、仮に雨などで中止になれば、がっかりすることになる。

でも、そんながっかりする思いは、本当はしなくて良いものなのです。

子どもは、余計な心配をせずに、『今やりたいこと』に集中していられることが幸せです。

やはり、『おおい』ですね。子どもを不安にさせないための、良い『おおい』を作ってあげてほしいと思います」

 

自分から遊びを作り出す

では、そのような方針で運営する南沢シュタイナー子ども園では、どんな毎日を過ごしているのでしょうか。具体的な取り組みを聞きました。

「ここでは、毎日のリズムをとても大事にしています。登園してきたら、靴を履き替え、トイレに行き、先生に挨拶をし、遊びに入る。そういう流れを全部決めています。やることが決まっていることによって生活にリズムが生まれ、リズムが体にしみ込むことによって、余計なことを考えずに、やりたいことに集中できるようになります。

その『やりたいこと』ですが、ここでは、遊びは基本的に自分で作り出すものになっています。

遊具として用意してあるのは、木の実や布、綿、器、ついたてなど。そのほかテーブルなど部屋にあるものは何でも利用していいのですが、それらを使って、やりたいようにやらせています。

家を作ってお店屋さんごっこをする子もいれば、赤ちゃんを抱いてままごとをする子、ついたてを車に見立てて布で装飾する子など、本当に遊びは自由です。

『これはこうやって遊ぶ物だよ』というような、使い方の決まっている遊具はここにはほとんどありません。

なぜそのような遊びを選んでいるのかというと、遊びを通して何かが生まれるという体験をさせたいからです。

自分のやったことが形になる、それを使って友達と遊びを深めることもできる―—そういう体験を積み重ねることによって、『自分で何とかできる』という認識を持つことができるのです。

実は、中学1年生になる私の息子もここの園を卒園しているのですが、先日、『英語の穴埋め問題が嫌いだ』と言うのを聞いて、びっくりしたことがあります。

『なんで? 穴埋めのほうが答えるのが楽じゃない?』

と言ったら、息子は

『いや、自由に書かせてほしいよ』

と言うのです。

そのときには、シュタイナー教育らしい発想だなぁと思いました。

また、今10歳になる卒園生の一人は、どうしても川で釣りをしたいのだけどお父さんが釣り竿を貸してくれない、というので、昨夏、割り箸とミシン糸で自前の釣り竿を作り、7匹釣り上げていました。

『ダメなら仕方ない』や『だったら自分で買おう』ではなく、それならば自分で何とかしよう、と発想できるのがシュタイナー教育です。自分で世界を変えられるという自分への信頼があるのです」

南沢シュタイナー子ども園の「教室」は、胎内をイメージした淡いピンクの色調で彩られている

 

現代社会における、シュタイナー的な教育の意義とは

今回はコロナ禍でのインタビューでしたが、南沢シュタイナー子ども園自体は25年前からあり、今後も続いていきます。

今の社会においてシュタイナー教育の必要性とは何なのか、について、最後にお尋ねしました。

「AIが話題ですが、今、多くの仕事がロボットやコンピュータに取って代わられると指摘されています。

そういうなかでも、AIなどでは取って代わることのできない仕事をしていける人を育てていける、と考えています。

自分でやりたいことをどうやって実現するか、という、冒頭でお伝えした『自由』を手にする教育なので、障害を乗り越える力を身につけたり、抵抗力を持つことができます。

また、問題解決のための創造性を持つこともできるでしょう。さらにいえば、挑戦し、成功体験を重ねることで、自己肯定感も持てるようになるはずです。

シュタイナー教育をしている機関は日本ではまだそう多くはありませんが、その考え方が少しでも広まればと願っています。

例えば、何度か繰り返してお伝えした『おおい』などです。

今日は『コロナ』の話をしましたが、例えば中高生のスマートフォンの所持・利用などについても『おおい』の必要性が当てはまります。

子どもは未来の人ですから、いつかはスマートフォンを手にしなければなりません。そして、彼らはすぐにそれを使いこなせるようになります。

でも、適切に与えないと、『使われてしまう』ことになる。それを防ぐのは、やはり環境という『おおい』です。

ぜひ皆さんの生活の中に、全部でなくても、シュタイナー教育の思想を取り入れてもらえたらと思います」

【取材協力】
NPO法人南沢シュタイナー子ども園

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