娘がバスで幼稚園に通っている。10日ほど前、乗降場所に向かうと、チワワを連れた年配男性が、近所の奥さんと世間話に興じていた。
「おはようございます」
挨拶だけして、横で娘とバスを待っていると、しばらくして男性が話しかけてきた。「かわいいねぇ~」。娘の顔をまじまじ見ながら繰り返す。
「いやぁ、うちの孫とは違うな。お嬢ちゃん、本当に美人だ」
悪い気はしないが、あまり言われると不審にもなってくる。「お孫さんは、おいくつなのですか?」。問い返してみた。
「2歳と、4カ月。二人とも女で」
「お近くですか」
「いま、東村山にいてね。でも、今度、近くに引っ越してくる予定ですよ」
早くバスが来ないかな……と思いつつ、そんな当たり障りのない話をしていたら、唐突に男性が言った。
「本当はもっと大きな孫がいるはずだったんですよ。でも、上の娘が仮死状態で生まれたから」
ええっ!? いきなりそんな告白!!!?
会釈程度はする顔見知りではあったが、言葉を交わすのはこのときが初めて。二の句が継げず、「仮死状態、ですか…」と繰り返すしかなかった。
「そう。最初の子がね。2歳まで生きたのだけど」
「2歳まで…」
と、そこにバスがやってきた。このタイミングでかよ……。
娘を先生に預けつつ、〈バスが出たら続きを聞かなければ!〉と思っていると、背後で男性がさらりと言った。「じゃ、私もこれで」
以来、なるべく私が見送りに出ているが、男性とはなかなか顔を合わせない。代わりに先日は、ネコを飼う大工の男性との交歓があった。
「今日はあったかいね。半袖かい?」
と問いかけてくる男性。娘がもじもじしていると、家の中からネコを連れ出してきた。彼なりのキラーコンテンツだ。
が、そこにバスがやってきて……。
シュンと家中に消えていく大工の背が切ない。
男性諸氏にとって、バスを待つ間の交流は容易ではない。
(2015年5月7日号・本紙掲載分から転載)
株式会社タウン通信代表取締役。地域紙「タウン通信」を多摩北部で約10万部発行、ウェブサイトでも地域情報を発信する。著書に
『議会は踊る、されど進む〜民主主義の崩壊と再生』(ころから)、
『中高生からの選挙入門』(ぺりかん社)、
『起業家という生き方』(同、共著)、
『スポーツで働く』(同、共著)、
『市役所で働く人たち』(同)がある。
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谷 隆一