巣立ちの準備

猫 耳 南 風

太宰治文学賞作家 志賀泉さんコラム

 

もう二十年以上も前になる。小平市に住んでいた頃の話だ。鷹の台の駅前商店街を歩いていたら、目の前を掠めるようにしてツバメが飛んでいった。懸命に翼をばたつかせ、危うく地面に落ちそうになりながら、やっとこさという感じの飛び方だった。「おやっ」と足を止めたら、また一羽、やはり不器用な飛び方で目の前を飛んでいき、その先の低い電線につかまった。子ツバメが巣立ちの練習をしているらしい。電線には、先に飛び終えた兄弟たちが三、四羽、親鳥と一緒にピィピィ鳴きしきっていた。

  * * *

振り返ると、郵便局かその近くだったと思うが、軒先にツバメの巣があり、一羽だけ残った子ツバメが飛ぼうとして飛べず、親兄弟に向かって叫ぶように鳴いていた。その姿が、バンジージャンプに挑もうとして二の足を踏んでいる人間を思わせた。

飛び終えた兄弟たちの鳴き方が、「がんばれ」「勇気出せよ」と励ましているように聞こえた。それに対し飛べずにいる一羽は「ぼくだめだ」「やっぱ怖いよ」と助けを求めているかのようだ。動物を擬人化して語る趣味はないのだが、そう聞こえてしまうのだから仕方がない。ツバメにも兄弟愛というか、仲間意識はあるのだろうかと考えた。

生まれた時から兄弟同士、生存競争でしのぎを削り、親が運んでくる餌を取り合っていけば、強い子と弱い子の差は必然的に開いていくのだから、どこの巣にも必ず発育の遅い子はいるはずだ。飛べない子ツバメは、生存競争に遅れをとった子なのかもしれない。

  * * *

二十数年前の僕は、飛べないツバメに自分を重ね合わせて見ていた。浮かばれない人生をいつまで送るのだろうと不安だった。自分が超遅咲きの人間であることをその頃は知らなかった。発育が遅くても、競争に負けていても、思い切って踏み出せば、そして励ましの声があれば、案外飛べるものだと、今の自分は知っている。

 

プロフィール

志賀 泉

小説家。代表作に『指の音楽』(筑摩書房)=太宰治文学賞受賞=、『無情の神が舞い降りる』(同)、『TSUNAMI』(同)がある。福島県南相馬市出身。福島第一原発事故後は故郷に思いを寄せて精力的に創作活動を続けている。ドキュメンタリー映画「原発被災地になった故郷への旅」(杉田このみ監督)では主演および共同制作。以前、小平市に暮らした縁から地域紙「タウン通信」でコラムを連載している。

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