探検家・関野吉晴さん「世界を旅して、足もとの大切さに気づいた」

「長い目でみる」に込めた思い

――もう一つのテーマ、「長い目でみる」についても、ぜひ解説してください。

「これがいちばん難しい。何を言っているか分からないかもしれませんね。

ぼくは南米を歩いてきた時間が長いので、今回は南米の展示が多いのですが、彼ら伝統社会の人たちと我々を比べると、『時間』がぜんぜん違うのですね。彼らは、時間を区切って何かをするということをあまりしません。

一方で私たちは、特に都市社会は、社会人も学生も、『業績』『課題』とすぐに結果を求めています。

ぼくの話でいえば、映像を撮る仕事を昔からやってきているのですが、以前は、プロデューサーなどから『頼りなさそうだけど、なんかやりそうだな』と見てもらえると、『1年かかってもいいからやってこいよ』と言ってもらえました。要するに、10年先、20年先を見ていたんですね。

しかし今は、3カ月です。せいぜい半年。その期間が短いんです。

そうなると何が起こるかというと、短期間で成功させるために、そつなくやろうとするようになります。

そつなくやっていると、どんどん社会が沈滞していきます。いま、そうなっていますよね。すぐに結果を求められるので、仕方がないのでしょう。うまくいくかわからないけど冒険的なチャレンジをしてみる、ということができないのです。

だからこそ、『長い目でみる』ことが大切、という点が一つあるわけです。

 

狩猟民と文明人の「時間」の違い

でも、このテーマには、もう一つの思いがあります。

先の話は私たちの社会のことですが、一方のアマゾンの人たちの『時間』についてです。

実は彼らには、過去や未来というものがほとんどありません。ピラハンという民族に至っては、先祖崇拝もないし、お墓もない。見ているものしか信じません。

サルやゴリラもそうなんですね。たとえば転んで足を折ってしまう。私たちなら『転ばなければ……』と後悔するところですが、彼らは絶対後悔などしません。なってしまったそのままを受け入れて生きていきます。

アマゾンの伝統社会の人たちは、未来といっても、せいぜい、1週間とかそのぐらいの先しか考えません。燻製にウジが湧いて食べられなくなってしまう……と、そのぐらいの未来です。

そういう生き方になると何が起こるかというと……、不安が生じないんですね。後悔も不安もないんです。

彼ら狩猟民は、その場で結果の出る一発勝負なんです。だから狩猟が楽しくて仕方がない。とにかく、今がすべてなんですね。

それに対してぼくたちは違います。目標を持って生きている。文明社会というのは、基盤が農耕ですよね。農業というのは、半年後とか1年後のために頑張らなければなりません。草取りは、その場で結果の出る狩猟とは違います。収穫の喜びは先にあるんです。

だからこそ、ぼくたちは『長い目でみる』必要があるのです。

このように、『長い目でみる』というテーマは、一言では言いきれないところがあります」

 

一本の布を織るように旅をしてきた

――なるほど、分かりました。
ところで、その5つのテーマとは別に、企画展では「WANDERING ON THE EARTH 地球を這う」の副題がついています。解説文の中では「虫瞰」という視点にも言及していますが、その意図を教えてください。

「2つの意味があって、一つは地を這っていくということ。ぼくの関心は人間にあったから、上からでも下からでもなく、同じ視線で、人間を見ていくということです。

それともう一つは、複眼ということ。一方向からではなく、いろいろな見方をすることが大切です。

たとえば、こういう指摘があります。
もし宇宙人が我々を観察していたら、家畜やペットたちが主人で、人間のほうを奴隷と思うだろう、と。

見方によって、見えるものが変わってくるのです。

ぼくは旅をしているときは常に、移動する旅は縦糸、寄り道は緯糸(よこいと)と思ってきました。それで、一本の布を織るようにして旅をしていく。

その布とは何かというと、ぼくが残してきた本や写真集などではなくーーもちろん、それらも布の一部ではあるのですがーー、大事なのは、『ものの見方』や『考え方』『気づき』なのです。

いちばんの『気づき』というのは、『目から鱗が落ちた』という発見です。日常ではそう滅多にないことですが、旅していたら出会うことも多い。

だから、ぼくは気づくことを目的にしているので、失敗をまったく恐れません。その辺は、成功ありきで行動する探検隊や登山隊とは違うと思います。緯糸である寄り道も大切にしているので、何日までにどこそこに行かなければならない、という踏破目的の旅はしないのです」

大学の地下通路に飾られた、関野さんが世界中で撮影してきた写真の数々

 

失敗から学ぶ

――そうは言いますが、「グレートジャーニー」では、南米南端からアフリカまでの約5万キロを自力で踏破するという、前人未到の旅を成し遂げています。

「『関野さんは失敗したことがない』なんて言われることもあるのですが、とんでもありません。

グレートジャーニーにしても、あの道のりは、40を超えるミニ・エクスペディション(小さな探検)のつながりなんですね。

その一つ一つの中では、幾つもの失敗をしています。

たとえば、最難関のベーリング海峡を渡るときは、最初は歩いて渡ろうとしたけれども、海峡が凍らなくて失敗。次にエスキモーのスキンボート(皮舟)である帆船のウミアックで渡ろうとしたけれども、風が悪くて失敗。最後にシーカヤックを用意して天候が落ち着いたときを狙って漕ぎ出し、夜中も漕ぎ続けて24時間後に渡り切ることができました。

すべてのミニ・エクスペディションを成功できたから、グレートジャーニーは完遂できたわけですが、このように、その中では100以上の失敗があります。

でも、失敗したときほど、賢くなるんですよ。成功したら、そのまますーっといってしまう。

人との付き合いもそうです。みんなイヤな人と付き合わないようにしますが、本当は、悪い人、イヤな人が自分を鍛えてくれるのです」

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