探検家・関野吉晴さん「世界を旅して、足もとの大切さに気づいた」

美大で教鞭を執ったワケ

――そういう行動や気づきがたくさん詰まった企画展になっているわけですが、一つ素朴な疑問があります。

今回、定年退職を前にした記念展とのことですが、そもそもなぜ、美大で教鞭を執ったのでしょうか。関野さんに憧れる若者たちの中には、『関野さんに習いたいけど美大には入れない』という人も多そうな気がします。

「ぼくに習いたいということで入ってくる学生はたまにいますね。武蔵野美術大学(以下、ムサビ)に探検部はないんですが、早稲田大学の探検部の合宿に参加しているのが、何人かいます。

ぼく自身のことでいえば、ムサビだから引き受けたんです。

ぼくは若いころ、民俗学者の宮本常一さんが所長を務めていた日本観光文化研究所に出入りしていたので、その門下生という縁で、ムサビにもよく呼んでもらっていました。宮本さんが、ムサビで教鞭を執っていらしたからです。

ぼくが課外講座で講師を務めると、客入りも結構良かったみたいで、それで『ウチに来ない?』と誘っていただきました。まだ、シベリアあたりを旅していたときのことで、結局、2、3年待ってもらいました。

ムサビだから引き受けた、というのは、文化人類学者を育てるわけではないというのがあります。『ぼくが実際に歩いて、見て、聞いたものを、自分の言葉で語ればいい』という条件でしたので、それなら面白いな、と」

 

――関野さんの授業を受けていたという卒業生に話を聞きましたが、さまざまな文化や人の営みを知ることができて、非常に美術に役立ったと言っていました。美術はそうしたものと結びついているから、と。

「ぼく自身にはそこまでの意識はないのですが、ただ、いろんなことに好奇心を持って、汗をかき、筋肉を使って引き出しを増やしていくと、絵や作品にも幅が出てくるのではないの? という問いかけは、学生たちにもよくしています」

 

探検よりも冒険がいいな、と思うようになった

――アート、芸術という観点でいうと、関野さんの生き方や行動自体がアートという見方もできます。そういう意識はおありですか?

「『縄文号』をつくるまでは、そんなふうに思ったことはなかったです。ただ、学生や教員からは、そう言われることは確かにあります。

昔、植村直己さんも、詩人の草野心平さんから『あなたの行動が詩です』と評されたことがあったと聞いています。でも、それを意識するのはちょっと恥ずかしいな(笑)」

 

――アートには、視点を変えたり、新しい価値観を提示するという力もあります。まさに、関野さんのなさっていることでは?

「意識はしていないです。

というよりも、ぼくは、世の中の役に立つということも意識してこなかったんですね。少なくとも、探検は直接社会には役には立たないです。

話は飛躍するけど……、ぼくは、『探検』と『冒険』という言い方にはこだわってきたんですね。探検というのはAという地点で何をするかが重要です。対して、冒険は、Aという地点にどう行くかが問題。厳しいルートや、厳しい季節などバリエーションをつけていくわけです。

その点でぼくは、探検にこだわってきていて、人類にとって何か新しいものを見つけられたらという思いもあったのだけど、最近は冒険のほうがいいな、と思うようになってきています」

 

冒険しない、いやな世の中

――ここにきての転換ですか。なぜですか。

「最近の学生を見ていると、馬鹿なこと、どうでもいいこと、役に立たないことに夢中にならないんですよね。計算づくでしか動かないんです。

いちばん良いのは役に立つことに夢中になることなのですが、役に立たなくたって、自分が面白いと思ったらそれに夢中になれるのが若者の特権じゃないですか。ところが今は、多くの学生たちが単位とか就職とかばかり意識している。冒険をしないんです。いやな世の中だな、と思います」

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