2018.04.03 コラム

平櫛田中彫刻美術館学芸員・藤井さんインタビュー前編

<平櫛田中彫刻美術館学芸員・藤井さんインタビュー前編>

タウン通信Webで4月5日から月刊連載を開始するコラム「デンチュウに学べ」。同コラムの著者であり、小平市平櫛田中彫刻美術館の学芸員でもある藤井明さんのインタビューを掲載します。

 

<プロフィール>

藤井 明(ふじい・あきら)

小平市平櫛田中彫刻美術館/学芸員

1968年石川県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科史学専攻修了。1993年から現職。武蔵野美術大学非常勤講師(2014~)、放送大学非常勤講師(2016~)。著書に『近代日本彫刻集成(全三巻)』(共著、国書刊行会、2010~2013年)、『橋本堅太郎作品集』(共著、講談社、2011年)、『日本藝術の創跡22』(共著、クオリアート、2017年)等がある。

 

小平市立平櫛田中彫刻美術館

denchu-museum.jp

 

<インタビュー前編>

——藤井さんは、1993年から小平市平櫛田中(ひらくしでんちゅう)彫刻美術館で働いています。学芸員の仕事というのは、どのようなものなのでしょうか。

 

 

来館した方への作品の解説、展示やイベントの企画・運営をはじめ、館内ガイドやイベント時のスタッフとして手伝ってもらっている美術館ボランティアの方たちへの連絡や研修会などがあります。

 

美術館のグッズ制作の打ち合わせもしますし、館外の作品を展示する「特別展」の際には、作品の調査や交渉、借用・返却のための出張もあります。平櫛田中をはじめとする近代彫刻に関する論文や、外部から依頼された論文の執筆、講演、2014年からは武蔵野美術大学で毎週1回、近代彫刻についての講義も行なっています。

 

ほかにも、美術館を維持していくための業務があります。例えば、予算の組み立てや、入館者の目標を定め、それが達成できたかどうかについての分析などもしなくてはなりません。それと、グリーンロードにある彫刻も我々が管理しているんですよ。ブロンズで雨ざらしになっているので、年に2回、市民ボランティアのみなさんとメンテナンスをしています。これらの仕事を、学芸員2人でこなしています。

 

 

——多岐にわたる仕事内容ですね。平櫛田中彫刻美術館では、ロゴマークの公募や平櫛田中の生涯の漫画化、春のお茶会や親子ワークショップのようなイベントの開催など、モチベーションが高い印象を持っているので、どのような方が企画をしているのだろうと思っていました。

 

やはり、館のことを知ってもらいたいという気持ちがあります。彫刻の美術館というのは、絵に比べるとあまり一般的な存在ではありませんので。来られた方は満足して帰ってくださるので、まずは足を運んでもらうにはどうすればいいかを考えています。今回の『タウン通信Web』でのコラムも、平櫛田中や美術館について興味を持っていただくきっかけになればと。

 

 

——藤井さんが平櫛田中彫刻美術館で働くことになったのは、やはり同氏のことが好きだったからなのでしょうか。

 

いえ、実はほとんど知らなかったんです。

 

——えぇ、そうだったんですか!?

 

 

そうだったんです(笑)。私は、大学では仏像を中心とする美術史の勉強をしていて、将来は博物館で働きたいと考えていました。しかし、博物館というのはスタッフの空きがなかなか出ないんですね。大学院を卒業するタイミングになっても就職先が決まっていなかった私に、今の職場からお誘いの話が来たんです。

 

でもね、最初はそんなに気が進まなかったんですよ。そこで、ゼミの先生に「こういう話をいただいたのですが、断ろうと思っています」と相談しようと電話をしたんです。すると、普段は物静かで、言い方も控え目な先生が「ぜひ働かせてもらいなさい」と強い言葉で仰るではないですか。それで、つい「はい」と答えてしまったのです。

 

働き始める前に面接があったのですが、「面接の時に初めて来ました」というのは、さすがにまずいだろうと思い、一般客として館に足を運びました。

 

——初めて同館を訪れた時の印象はいかがでしたか?

私が最初に訪れた当時は、まだ新築されたばかりの展示館がオープンしておらず、平櫛田中の旧宅を利用して展示を行っていたのです。美術館と聞いて足を運んだら、お部屋の中に作品が並んでいたので「美術館じゃなくて家じゃん」という思いも正直ありました。昔の話ですよ(笑)ただ、現在の展示館は既に出来上がっていて、オープンを約半年後に控えていたのです。そこで、新たに人員が必要になったということを後で知って。

 

ただ、当時はどういう作家かもよく知りませんでしたし、憧れていた仏像研究から遠ざかっていくことに対する、さびしさもありました。

 

——でも、そういう感情が徐々に変化していったからこそ、入職して以来、ずっと勤め上げているわけですよね。

 

そうなんです。あの時、声を掛けていただいて本当に良かったなと思います。今でこそ、近代彫刻の研究者は増えてきましたが、当時はまだまだマイナーなジャンルでした。それに、現在でも近代彫刻の美術館というのは、数える程度しかないんです。数少ない近代彫刻の美術館で働き、長年研究を続けてこられたことは非常にありがたいことだと思っています。

 

何より、田中さんの生き方や、作品が生まれた背景を調べていくのが非常におもしろくて。作品のかたちと魅力が、どのようなところから生まれてくるのかを考えるのが近代美術ならではの醍醐味だと感じ、のめり込んでいきました。近代美術は、制作者の生き方と密接に関わっています。自分の全生涯をそこに掛けても悔いがない、という思いが伝わってくるんですね。私は、田中さんの作品はもちろん、その生き方に心を打たれました。

 

<4月4日更新の「後編」に続く!>

 

 

<リンク>

小平市立平櫛田中彫刻美術館

denchu-museum.jp

 

<目次>

第0回

平櫛田中彫刻美術館学芸員・藤井さんインタビュー

第1回

「六十七十ははなたれこぞう 男ざかりは百から百から」

第2回

「けふもおしごとおまんまうまいよ びんぼ(う)ごくらくながいきするよ」

第3回

「このつちはたからうちだすつちならで のらくらもののあたまうつつち」

第4回

「売れないものを作りなさい」