2018.05.18 コラム

 

 

ジュゴンの海はいま 

          文・志賀 泉

 

九年ぶり、沖縄に飛んだ。チェルノブイリ・ツアーでご一緒した元中学教師のTさんの誘いで、辺野古ツアーに参加したのだ。僕はかつて、辺野古の海に棲むジュゴンの保護活動をしていた。基地建設のための埋め立て工事が始まりジュゴンは無事なのか、実は気になっていた。

 

 

辺野古港から抗議船に乗った。辺野古崎を囲むように浮いている浮具(フロート)が、臨時制限区域を示している。我々の船がそこに接近すると、海上保安庁の黒いゴムボートが波を蹴立てて追ってきて、「危険だからすぐ離れるように」と拡声器で警告を与えて去っていった。

 

 

浮具の内側には、海上保安庁の他に民間警備会社や監視役として雇われた漁師の監視船が何艘も浮かんでいた。漁協が保安庁と契約したため、漁師たちは漁に出られず監視員として海に出るしかない。日当は五~七万円。漁業よりも確かに高収入だ。辺野古漁協のみ雇われていた時は近隣の漁協との間に確執があったらしい。金のばらまきが地元民の対立を生む。福島と同じだ。

 

 

「工事が五年も続けば漁を知らない漁師も出てくる」と地元の漁師はこぼした。基地建設は自然だけでなく漁師の伝統的な暮らしも壊す。なんともやり切れない話だ。

 

 

ジュゴンは生きているのだろうか。埋め立て工事が始まってから姿は見せていないが、藻場(餌場)に食み跡が見つかったという。いることはいるのだと知り、少し安心した。

 

 

ジュゴンは身を守る武器も他者を出し抜く能力も持たず、弱者として生存競争から外れることで逆に生き延びてきた生き物だ。だからこそ、ジュゴンを絶滅させてはならない。

 

 

ジュゴンは「平和の海」のシンボルだ。座り込みテント村には非暴力コミュニケーションの原則を書いた貼り紙があった。

 

 

「間接的暴力とは。道徳を振りかざして人を裁く。悪者は罰を与えられて当然だと考え、非難、侮蔑、烙印を押す」等々。

 

 


 

■志賀泉さんプロフィール

小説家。福島県南相馬市出身。近著に『無情の神が舞い降りる』〈筑摩書房〉、代表作に『指の音楽』〈同、太宰治文学賞受賞作〉

 


 

 

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