2018.07.11 地域情報

西武沿線初の相撲部屋が誕生 元大関による新生「二子山部屋」

6月16日土曜日、午前9時。かつては農家の倉庫だった建物に足を踏み入れる。二子山部屋の稽古場は、物音一つ立てるのもはばかられるような静寂に包まれていた。

 

静けさの中で圧倒的な存在感を放っていたのが、20脚ほど並んだパイプ椅子の中央を陣取る巨躯の持ち主。現役時代、大関の座まで上り詰めた雅山(=現二子山親方)だ。

 

椅子に腰掛けてはいるものの低い姿勢で身を乗り出し、鋭い眼光で一点を見つめている。

 

視線の先にあるものを確認しようと、振り返ろうとした瞬間だった。

 

パンッッッッッッ!!!!!

 

破裂音の正体は、鍛え上げた力士の身体が土俵の上でぶつかり合う音だった。拮抗する力と力。うめき声とも唸り声とも言い表せない肉体の叫びが、強く噛み締められた歯と歯の隙間から漏れている。

 

 

釘付けになった。体が動かず、頭の中が空っぽになる。肉体から湧き上がり溢れ出す“力”を、川の流れを見つめるように無心で眺めていた。

 

——永遠のような一瞬。「あっ」と思った瞬間には、一人の力士の身体が宙に浮かび、その背を土につけていた。

 

ふと土俵の上に目をやると、窓には青白い光がぼやけている。とても神聖に思えて、テレビで目にした海外の教会を思い出した。

 

 

二子山部屋が、所沢の地で14年ぶりに復活した。1990年代には「若貴」の愛称で親しまれ、若乃花と貴乃花の横綱兄弟を有したことでも知られる相撲部屋の名門だ。

 

 

1921年に創設された二子山部屋。一度は部屋を閉じたが、1962年に10代目二子山(=初代若乃花)が、その名を継いで再興した。のちに、藤島部屋を興した初代貴乃花が11代目二子山を襲名したことで、藤島部屋と合併。

 

2004年には、11代目二子山の実子である2代目貴乃花が部屋を継ぐ際に、貴乃花部屋と改称したことで名前が途絶えていた。

 

現役当時、旧二子山部屋とはライバル関係にある武蔵川部屋(=現藤島部屋)の力士だった雅山(=現二子山親方)。

 

2013年の引退後は14代目二子山を襲名し、藤島部屋の親方として後進を指導していたが、2018年4月に独立。所沢に部屋を構えたのは後援会の勧めがきっかけで、西武沿線では初めての相撲部屋だ。かつて農家の倉庫として使われていた建物を改修し、稽古場にしている。

 

土俵を見つめる二子山親方

 

内弟子は6人(※研修生1人を除く)。いずれも20歳以下で、内2名は今年16歳になるばかりだ。

 

稽古終わりで疲れている中、「父がトラックドライバーで、デコトラのプラモをつくるのが好きです」(相馬/15歳)、「邦(楽)ロックが好きで、10-FEETをよく聴きます」(田井中/19歳)と話しながら記者に見せてくれた笑顔は、年相応の少年のそれで、土俵の上で見せた鬼気迫る表情とは別人だった。

 

「みんな、まだ若い。だからこそ、切磋琢磨して、力を伸ばしていこうと。一人ひとりが、これから自分の勝ち方を見つけていく段階です。所沢の豊かな自然に身を置きながら稽古に励んで、どんどん番付を上げていきたい」

 

——朝稽古を終え、無人になった土俵を見つめながら、二子山親方は淡々とした口調で話す。前を見据えて話す姿がかっこよく、写真を1枚撮らせてもらった。

 

 

稽古後、相馬さんと田井中さん以外の力士にも話を聞ければと思ったが、叶わなかった。二子山部屋の女将(=親方夫人)が申し訳なさそうに言う。

 

「すみません。みんな、今ちゃんこをつくっていて手が離せなくって……」

 

ちゃんこをつくる横で話を聞けないか申し出ようかと迷いもしたが、引き下がった。力士にとって、食事は体づくりの基本だからだ。それを邪魔するわけにもいかない。取材を免罪符に、食卓に上がり込ませてほしいとお願いするのは図々しいという思いも、少なからずあった。

 

股割りなどを行う力士たち

 

新所沢駅に向かう帰り道、畑の広がるのどかな町並みを歩きながら、ちゃんこ鍋を囲む彼らの姿を思い浮かべる。同じ釜の飯を食いながら、共に夢を見て、たゆまぬ努力に日々を捧げる若者たちのことを知ってほしいと、しみじみ思った。なんと希望に満ち満ちた場所が、所沢に生まれたのだろう。

 

印象的だったのは、ぶつかり稽古の最中、土俵から押し出されて壁にぶつかりそうになったところを、他の力士が二人掛かりで受け止め、支える姿だ。

 

稽古場に掲げられている“二子山部屋教訓”には、「部屋は仲間でありライバルでもあるので助け合いや常に番付を負けない精神を持つ事」の言葉があった。

 

 

現在(※2018年6月)、序二段の田井中さんは「2年以内に、幕下上位になっていたい」とまっすぐな瞳で話した。支え合い、成長していく二子山部屋の力士たちを、西武沿線の利用者や地域の人にこそ応援してほしい。

 

西武新宿線「新所沢駅」から、約2キロメートル。畑と雑木林に囲まれた、のどかな場所にある。ここは二子山部屋。所属力士は6人。

 

三段目・林(はやし)

序二段・田井中(たいなか)

序二段・薮岡(やぶおか)

序の口・相馬(そうま)

序の口・森田(もりた)

前相撲・颯雅(そうが)

 

遠くない未来、テレビに流れる彼らの取り組みを見て、西武沿線の住民が一喜一憂する様を想像しては、この町を選んでくれたことを祝福したい気持ちになる。

 

「所沢」「西武沿線」という、自分との共通点を通じて「楽しみ」や「好き」が増える——それは、彼らの存在が、地域に住む私たちの生活に彩りを与えてくれるということに他ならないのだから。

 

 

 

(文・石川裕二)

 

 

 

<編集者の一言>

タウン通信編集部の石川です。

 

稽古とはいえ、相撲の取り組みを間近で見るのは初めてだったのですが、思わず見入ってしまいました。ついつい文体まで変わっちゃいましたよ、もう!

 

ところで、二子山親方は“相撲界のグルメ王”と呼ばれていたこともあり、所沢市近隣のお気に入りの飲食店を2つ教えていただきました。「力士料理 本橋」(狭山市/ちゃんこ鍋)と「鈴」(所沢市/うなぎ)だそうです!!

 

4月に部屋を構えたばかりということもあり、「これからもっと、いろいろなお店を探していきたい」とのことでした。

 

また、駅前など、町で二子山部屋の力士の方を見掛けたら、「励みになるので、ぜひ気軽に話し掛けてほしい」とも。私たちも、ひいきの力士がいたら、相撲がもっと楽しくなりますよね。両国国技館に足を運ぶのもいいかもしれません。

 

今頃、二子山部屋のみなさんは7月8日に初日を迎えた「七月場所」のため、名古屋に遠征しているところ。地元からみんなでエールを送りましょう!! リンク下には写真ギャラリーがあります。

 

<リンク>

相撲協会

http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiDataSumoBeya/detail/?id=28

 

二子山親方Twitter

https://twitter.com/futagoyama_sumo

 

二子山部屋Instagram

https://www.instagram.com/futagoyama_sumo/

 

<写真ギャラリー>

両国国技館と同じ、荒木田土40トンで造成した土俵

 

親方自らが用意したヒノキ材のてっぽう柱

 

取材当日には、過日開かれたわんぱく相撲大会所沢場所の小学4〜6年生の各優勝者が稽古に参加。今後の県大会などで勝ち進むと全国大会に出場できることから、二子山親方が児童の保護者を稽古に誘ったという。地域に根ざした相撲部屋を目指す同部屋らしいエピソードだ

 

◆土俵外……アマルサナー(研修生)、森田、林、颯雅 ◆土俵内……田井中、薮岡

 

稽古後、撮影に応じてくれた相馬