2018.07.10 コラム

【コラム】デンチュウに学べ! 第4回「売れないものを作りなさい」

<【コラム】デンチュウに学べ! 第4回「売れないものを作りなさい」>

国立劇場のロビーを飾る彫刻「鏡獅子(かがみじし)」の作者として知られる彫刻家・平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)。100歳を過ぎても衰えることのなかった創作への意欲は、「六十七十ははなたれこぞう 男ざかりは百から百から」という名言に表れています。本コラムでは、小平市平櫛田中彫刻美術館の学芸員を務める藤井明氏が、平櫛田中の遺した言葉の数々を紹介。107年の充実した人生を全うしたデンチュウの言葉から、人生を豊かにするヒントをひもときます。

 

 

 

1903(明治40)年に新たに日本彫刻会という木彫の団体が結成された。その会の創設者は、明治期の美術界の指導者・岡倉天心である。当時は、洋風彫刻の活動が少しずつ盛んになっていく一方で、木彫の方は低迷し、彼らの暮らしも困窮していた。天心は、こうした状況を見かねて、木彫の復興に取り組もうと考えたのである。

 

デンチュウは、同会に創立会員として他の5名の作家とともに参加しているが、最初の会合の場で作家の一人が発した「どうしたら彫刻が売れるようになるのか」という問いに対する天心の答えが、今回の言葉「売れないものを作りなさい」である。まるで禅問答のような応答ではないか。

 

おそらく他の作家は天心の真意がつかめず、狐につままれたような思いに囚われてしまったことであろう。しかし、デンチュウは違った。「自分が本当に作りたいものを作ればいいのだ」と解釈したのである。

 

当時はまったく作品が売れないため、多くの木彫家は先の質問のような「どうすれば作品が売れるのか」という考えで頭が一杯になっていた。だが、そんなことを考えながら制作しても充足感は得られないだろう。それよりも自分が本当に作りたいと考えるものを作った方が制作に打ち込むことができるので、作品もずっと良くなってくる。もともとデンチュウは聡明な人だったが、上京してから臨済宗の高僧・西山禾山のもとで禅の公案(※註=祖師などの言行や記録を集め、修行者に禅の真理を考えるために与える問題のこと)に触れていたこともあったので、相手の意表を突くような天心の言葉もたちどころに理解できたのである。

 

この言葉によって制作の悩みから解放されたデンチュウは、その後も禾山のもとで聞いた禅の話や、興味のあった中国の故事などを作品のテーマにしながら、数々の優れた作品を作り出していった。

 

さて、今回は少し趣向を変えて、デンチュウ本人の言葉ではなく、彼に大きな影響を与えた言葉を取り上げてみた。

 

ただ、最後に断っておくと、デンチュウはその後もずっと「売れない」作品ばかりを作り続けたわけではない。それとは別に、ちゃんと生活のために小さな「売れる」作品も作っていたのである。がっかりするかもしれないが、現実とはそういうものらしい。

 

 

 

<作家プロフィール>

藤井 明(ふじい・あきら)

小平市平櫛田中彫刻美術館/学芸員

1968年石川県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科史学専攻修了。1993年から現職。武蔵野美術大学非常勤講師(2014~)、放送大学非常勤講師(2016~)。著書に『近代日本彫刻集成(全三巻)』(共著、国書刊行会、2010~2013年)、『橋本堅太郎作品集』(共著、講談社、2011年)、『日本藝術の創跡22』(共著、クオリアート、2017年)等がある。

 

<リンク>

小平市立平櫛田中彫刻美術館

denchu-museum.jp

 

<目次>

第0回

平櫛田中彫刻美術館学芸員・藤井さんインタビュー

 

第1回

「六十七十ははなたれこぞう 男ざかりは百から百から」

 

第2回

「けふもおしごとおまんまうまいよ びんぼ(う)ごくらくながいきするよ」

 

第3回

「このつちはたからうちだすつちならで のらくらもののあたまうつつち」

 

第4回

「売れないものを作りなさい」